でしょう(笑)」「すぐに主人を連れて帰るつもりだったけど、なんだかんだで3年くらい向こうにいたかな。その間にジローが産まれたの」「もう大変ですね(笑)」「ほんとに(笑)」たあとに開業。当初は今とは違う場所で営業し、その後また違う場所に店を移しニワトたが、3度目の移転の際に土地と建物を取得して現在の場所に落ち着いた。3度とも店舗の改装を主導した女将さんは、そこでの経験と居酒屋経営で得たノウハウを生かし、2009年には川どこべらぼうという宿もオープンしている。高さは父親譲りだそうで、その父親は日本の公共交通機関が整っていなかった時代、許可を取って自らバスを走らせていたこともあるのだとか。「田んぼを売って免許を取って、汽車に乗って東京に行ってバスを買って。それに乗って帰ってきて、役場に掛け合って運行の許可を取って。すごい行動力だと思わない?」「すごすぎます。大手術をしたあと、宿をオープンして軌道に乗せた女将さんも5 うです。まずは皆さんの関係性を教えてもらえませんか?」「ひげの人が自分の父親でここのマスター。あとから出てきた女性が自分の母親で女将。その息子二人と、もう一人の女性はお手伝いさん。俺のことはジュン、弟のことはジローって呼んで」「マスターはどうしてドイツに?」その質問に答えてくれたのは、いつの間にか後ろに立っていた女将さん。「ひよこの鑑定士ってご存じ? リのひなのオスメスを見分ける専門職。それを昔うちの主人がやっていて、ドイツの農場からお声がかかったの」「聞いたことがあります。日本のひよこ鑑定士はスピードと正確性がケタ違いだから、高いギャラを払ってでも呼びたいという農場が世界中にあると」「今はどうか分からないけど、当時はたしかに引く手あまたで稼げる仕事だったわね」「ドイツには女将さんも一緒に行ったんですか?」「迎えに行ったの。うちの人、向こうの暮らしがよほど楽しかったらしく、仕事の契約期間が終わっても帰ってこようとしなかったから」「マスター、家族がいるのにそれはダメ酒どこべらぼうは、一家が日本に戻っ聞けば女将さんの商いに対する熱量のテーブルを彩る旬の美味に地場の滋味。マスターとジュンさんの作り出す料理は素材のうま味と長く続く余韻が楽しめて、明日また食べたいと思えるものばかり。お願いすると30〜40はある銘柄の中から、ジローさんが料理に合う日本酒を見繕ってくれるのもうれしい
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