雰囲気がそうさせたのか……。「僕はこっちの人じゃないんです。住まいは東京。以前、秋田に出張で来たときに連れてきてもらったこのお店が気に入って、それから年に1度、ここ へ来るためだけに秋田に来るようになったんです」「すごい!」ドイツ男の急な問いかけにひるむことなく普通に返してくるのもすごいが、年1回とはいえ、交通宿泊費をかけてまで通うとは!それだけではなかった。「僕、お酒飲めないんですけどね」「えー!」私は滅多に人前でオーバーなリアクションをしないが、このときばかりは、さすがにのけぞってしまった。お酒が飲めない人でも、付き合いで飲み屋に行くことはあるだろう。しかし彼の場合は能動的に通っている。それも単身で、県外から!落ち着きを取り戻して冷静に考えると、なんとなく彼の気持ちが分かる気もした。私も店に入って間もないが、ここには学生アパートで友人とくつろいでいたときに感じていたような、不思議な居心地のよさに満ちている。「ちわっす」浅く被ったニット帽の両サイドから垂れる長髪。どことなくジョン・レノンに似ていなくもない常連と思われる人物が入ってきたのは、それから数分後のことだった。「あれ?おじさん見ない顔だね」彼もまた、ついさっきの私と同じように、初見の相手である私にごく自然に声をかけてくる。「はい。初めてです」「ここ落ち着くでしょ」「すっかりお気に入りです」「じゃあ、今度イベントの日においでよ」「イベント?」「定期的にやってる音楽イベント。といってもスマホで音を出して、それに合わせて歌ったりとかも全然アリな、スキルやレベルは関係なしの音楽会」「楽しそうですね」しかも驚きは、04
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